番翁のブログ

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冷凍うどん考 同時上映:番翁のひとり暮らし愚痴

冷凍うどん考

 

夜中の12時をすぎているというのに、番翁はScatmanを聴きながらキーボードをそれなりの速度で叩いている。最近あまりにブログを書かないことは、自分でもそれなりに罪悪感を覚えないではない。何か物事を考えられる余裕がなくなったのかもしれないが、あるいは単なる怠惰かもしれないので、少し前に思いついたこと。

 

冷凍うどんという食品はスーパーマーケットなどで容易に入手可能な類のものである。容易にというのは、ただ接近可能性が容易なだけではなく、経済的取得可能性に関しても同様の議論が適用されるものと思われる。簡潔に言えば安いということであり、安いとただキーボードを5回叩けばいいところをわざわざ長文にするのに特に意味はない。

 

安いだけで物事が成立すると思ったら大間違いである。安いものには裏があり、メビウスの輪もじゅうぶん遠い距離から見れば裏が存在する。数学者のいうことに騙されてはいけないのと同様、目先の価格に騙されてはいけない。購入し、パッケージの裏に何やら絵付きで解説されていた食べ方の項目を見るとそうでもないと言えるかもしれないが、それによると、皿に入れてレンジでチンして適切な出汁を投入するだけで料理が完成するという。楽には違いない。

 

まだ課題は残されている。味はどうだ、どうだと思ったが、しかしうどんの味を最終的に決定するのは、無論コシなる奇異な概念を除けば、ひとえにこちらの用意する出汁であって、つまり味が悪いからといってそっくり其の儘渦中の冷凍うどん氏に責任をなすりつけることはできない。とりあえず冷凍うどんをチンし、まだあったかいまま冷蔵庫から取り出してきたかつを出汁を特に考慮せずかける。流石に見栄えが素うどんそのままなので幾分腹が立ち、焼いたソーセージを2本添えて愛嬌とする。サラダは先ほど買ってきた。これで夜ご飯は完成された。完成された夜ご飯に文句はつけられない。素うどんと馬鹿にするなかれ私は満足しているからこれで良い。愛嬌氏もなるほど良い味だった。

 

 

 

番翁のひとり暮らし愚痴

 

風呂場の乾燥機能の働きがあまりよろしくない。よろしくないが外に乾かすに適した場所も、これもよろしくない私の目を以てしては発見に至らず、無念の撤退とともにやや水分の残ったままの洋服たちの処遇を考えあぐねている。

 

本棚を置くスペースもなく、ラックで以てこれに代用する。ただ依然空間は残されていないから密を形成して並べてあるがすぐに落ちそうで恐ろしい。地震のこないことを祈るばかり。

 

換気扇の音が大きい。これはあまりに大きいので不動産屋にも確認を取ったところ、同マンションの他室ではここまで大きくないとのことが判明し、業者にも来てもらったが処置なしとのことだった。五月蝿いまま暮らせとのお達しであるから、中々に辟易しつつどう付き合っていくべきかとこれまた考えあぐねている真っ只中である。

 

炊飯器を設置するにふさわしい場所が存しない。今の所炊飯はただの一度しか行われていないが、その時は勉強・食事などに供する雑用机に設置してなんとか耐えるように仕向けた。無論毎回机に置くわけにもいかないが、台所水回りに十分なスペースがやはりあり得ないので、如何ともし難い現状を歯を食いしばりながら耐えている。