番翁のブログ

番翁です 何か書くかもしれません

細々したこと

細々したこと

 

以下に記すものは、細々したことである。

 

・ドイツ語の単語は長すぎて可読性が低い。これは、言語学習者に必ずしもよい影響を与えない。

・人の名前を無許可で使用するのは誉められた行為ではない。人の名前を無許可で使用し、やはり無許可でスベるのは重罪である。

・プロフィールは短い方が良いというのは、全くの誤りである。プロフィールはその人を表す文言であり、情報量が少ないことはその人について不明な点が多いことを表す。これは親切ではない。

・メンマは竹であるが、ラーメンに竹を入れてよいとは誰も言っていない。

・ゾロ目を尊ぶ必然性はどこにもない。4,4,4であろうと、2,3,5であろうと、確率は等しい。無論、サイコロを区別できる眼力を有する必要はある。

・私の椅子は、足が5股に分かれている。棘皮動物かもしれない。

・宗教上の理由と付け加えることで、私がAmong Usを頑なにプレイしない偏屈さが正当化される。これはクラスの円滑な運営になんら影響を及ぼさない。

・ドイツ語キーボードではyとzの位置が全く入れ替わるため、ややこしいことに、「yとz」と入力するのに、側から観ればz,t,o,yと入力しているように見える。もっとややこしいことに、「z,t,o,y」と入力するのに、側からはy,t,o,zと入力しているように見える。

・椅子の足に布状の覆いを被せることで床が傷つくのを保護するという話でお互いの経験を共有し、間を持たせることが可能である。

・夏休みにひとりで旅行をしたいと言ったら両親がやや引いていた。

・恐ろしいことに、このブログは高校の同級生の、誰かの保護者様に監視されている。なお、恐ろしいのは監視そのものではなく、その保護者様が単数とは限らないという事実である。

・いまだにカィラスのカレーが懐かしくなる。

・「気づいたら寝てた」という表現の非論理性を瞬時に指摘できる人間になってしまったことは、嬉しいこととは限らない。この人間性は、いずれ「部屋には誰もいなかった」の論理的誤謬を指摘し始めてしまう。

・旅行をひとりで行うのは、友達と行くか、ひとりで行くかのメリット・デメリットを斟酌しての決断ではなく、単に旅行の目的を共有する友人がいないからである。

・10000時間の法則は誤りである。私はネクタイを4回目くらいから即座に結べるようになった。

・チャーハンを「炒飯」ではなく「チャーハン」と表記するのは、「炊飯」との視認性を考慮しての決定だったと信じている。

・あなたが思うより凡庸です。

インスタ映えする写真も、Twitter映えする写真も撮れず、ただストレージが圧迫されていく。

・「地球が何回まわった時」を人に問うならば、少なくとも回転軸、できれば回転の向きを指定するべきである。これができるようになることが、初等教育中等教育を大きく分ける。

・学食のメリットは、がまんづよさを得ることが2割を占める。

・小学校の教科書に振り仮名を振ることは、児童を甘やかすことにつながるという批判を聞かないのに違和感を覚えたことがない人は多い。私も覚えたことがない。

・「やくすぎて屋久杉になる」を人生で一度は使いたい。

・銃を知らない人は、銃で殴って人を殺す。

利尻島でにんじんしりしりを食べたい。困ったことに、にんじんしりしりは沖縄のもので、利尻島とはおよそ正反対である。

・レゴは資産である。その価値は安定している。

・尖頭器が欲しい人と、戦闘機が欲しい人は、どちらも存在する。

・起きたらベッドが無くなっている可能性は、なくはない。

・起きたら課題が無くなっている可能性は、ない。

 

あとがき <番翁のブランク>

前にブログを書いてから1ヶ月以上が経過していることに気付き、ふとブログの執筆画面を立ち上げたのが午前3時を20分ほどすぎた頃合いだった理由は、番翁がこの時間までうだうだとドイツ語のDialogを覚えていたからに他ならない。本来であれば、ここでいう本来とは、すなわちTwitterYoutubeのことであるが、こんな暗記はとうの昔に終わらせていなければならないはずだった。しかし遅くなっても暗記はせねばならぬから、眠気と、実況動画の誘惑を涙をのんで断ち切り、このような時間まで暗記を続けてきたわけである。無論、ブログを書いているからには、暗記はひと段落ついたものと思っていただいてそこまで差し支えはない。

 

1ヶ月のうちにはいろいろなことが起こったが、あまりにもいろいろであるため、ここで全てを挙げ切ることはできない。クラスに、なぜか5,6人ほどいたツイッタラーとだいたいFFになったのは4月下旬だった。木製の、親の仇みたいに硬い丸椅子が、背もたれのついた柔らかいオフィスチェアに取って代わられたのは4月の末だった。実家からレゴが到着し、それなりに整理がついたのはゴールデン・ウィークが明けた頃だった。

 

とにかく、生活にひと段落がついたわけである。生活にひと段落ついた結果、いかなる変化が番翁の元に訪れたか。

 

番翁の文体が丸くなったのである。驚くなかれ、私自身が一番驚いている。このブログの冒頭を何遍も読み返してみればわかることだが、番翁の文体がすっかり鳴りを潜め、これでは全く普通のブログに成り下がってしまうではないか。あの、長い長い長い長い一文と、くどいくどいくどいくどい表現はどこへ行ってしまったのか。どこかへ行ってしまったとして、なぜ行ってしまったのか。行った結果、ブログの質は向上したのか。私自身これらの問いに答え切れるかは未知数であり、その理由こそまさに、私がこの文章を今思いつきで書き進めているからに他ならない。

 

もしこれが番翁のブログを見る最初の体験であるという方がいらっしゃるとすれば、そのいらっしゃるところの方は、私の過去のブログ、特にクソ受験体験記か理三面接体験記(笑)のいずれかを読まれたい。

 

mononobenome.hatenablog.com

 

 

mononobenome.hatenablog.com

 

前者の方が読みにくいという評判で知られており、後者は比較的おとなしく、またそれなりに評判があったという点で言えば"良い"ブログなのかもしれないが、そんなものは読者個人の判断に任せるべきであって、世間はおろか、私ですら評価を確定させるべきでは露程もない。

 

さて消えた私の文体の行手をどこに求めるかは、おそらく先程の段落である程度復活を遂げたものと見て問題ないだろうというのが現在の私の大まかな見解であり、そして段落を経るごとに読みづらさが指数関数的に増加しているという、事実と見て間違いないであろう私自身の価値判断も、なかなか楽しいことになってきており、このまま進めばいつも通りに戻るだろうと予測を立ててはいるが、現状が今後も継続すると、先程の問いに答えられないままブログが終わってしまうので、仕方がないから答えを優先的に探し求めていく方向性でキーボードを叩いていくことにする。

 

なぜ文体が丸くなったか、いや、正確に言えばなぜ文体が丸くなっていたか、これについては単純にブランクの存在を原因として指摘することがおおよそ可能であり、そしてその指摘は、おおよそ正確な指摘だと見て良いだろう。ただこればかりが原因の全てを占めていると考えるのは些か誤謬を含むものであるとも思われる。すなわち、このブログ記事を見る行為を始めてのものとする読者がそれなりに存在することを想定した、ある意味では自己保身と言える、そういう類の行為が無自我的に働いた可能性は否定できないし、これもまた大きな意味を持っていたと考えられるに足る根拠がある。直截的に言えば、同じクラスのひとびとに、いきなり番翁のよくわからない文体を見せびらかすことで、番翁のクラス内での立ち位置を微妙なものとすることに残念ながら成功してしまうことを防ごうという、無意識的な努力の成果がこの文体の変化そのものに表れていたと指摘できるのである。尤も、この涙ぐましい努力も、すでに立ち位置が微妙である可能性を否定できない時点で、やはり無駄に終わってしまったものと判定できる可能性が非常に高いことは特記しておくべきであろう。もはやこんな文章を1つ見せびらかしたところで、さして番翁の評価は変化し得ないところにまで来ているのである。好ましいことでは、ない。

 

さて最後の問いに答えねばならぬ。文体の変化は、ブログの質を向上させたか。これに応えることは、私自身が何より書き手であり、質を判定する人間は書き手自身ではあり得ず、ひとえに読者たる存在にしか判定を行えないという点で、ここに答えを書き記し公開する行為はなんらの進捗も産み得ない。よって、各人が心の中に思うことを、なんらかの手段で番翁に伝えていただければ幸いであるが、もしその思うことが、番翁のブログに対しなんらかの方向性でもってネガチブな印象をもたらすものであれば、その思うことは各人の心の中に留めておかれたい。無理に私の心を傷つける必要性は、全くもって存在しない。

On 受験化学 (特別同時上映 関東鉄道事情)

On 受験化学

もうずいぶんと前に受験化学についてブログで書いてくれと質問箱に質問が来てから、何かと忙しいことを言い訳にして、その実ただただめんどくさいからと放置していたブログを立ち上げてキーボードを叩こうと思ったことはないではないのだが、しかし今に至るまで結局のところそれらの試みは全て空虚になった。そして今、クラスのdiscordの通話における話題の欠如が虚しさを露呈し始めており、いよいよ何か実際的な行動に移らないと困ったことになるかもしれぬと焦りを覚えたところで、ドイツ語の単語を覚えるのではなくブログを立ち上げるあたり、人に頼まれたものを断れないでやってしまう番翁の人の良さが出ているのかもしれないし、出ていないのかもしれない。

 

受験化学について何かを書くのはそれほど難しいことではないかもしれない。確かに私は化学が嫌いではなかったし、大学内容の化学こそ全く触れていなかったもののまぁそれなりにできなくはなかったと自分で言ってもそれほど間違いはなかろうと思われる。しかしやはり何かこのブログを使ってそれなりの内容を書き上げようと思うと相応の難易度が設定されてしまうから、この段を書くに際しても結局のところ何を書けばいいかは、最終目的地は何に設定すれば良いかはあまりはっきりと分かっていない。

 

受験化学にまつわる周縁的事象について書けば良いのであれば、例えば私が通っていた化学の塾講師のズボンが授業中に破れた話だとか、その破れた音がまるでプラスチックを木の床に落としたような音だったこととか、そういう話をすれば十分なのであるがそれほど需要も感ぜられないのでここではスルーする。

 

となるといよいよ私に残された道は受験化学そのものについてここで語ることで、これは至って残念なことなのであるが、さらに残念なことにその行為自体が私がこのブログで可能な限り避けようとしてきたことに分類されるべきものであるから、非常に困惑してしまう。進退は窮まった。

 

ポリシーは曲げられぬし、人の要求のためにキーボードを叩き始めてしまったから今更これを停止することもできぬし、ダイレンマに陥ってしまった人間はどう行動するかは非常に興味深い分析の対象となるのであろうが、まさか自分自身がそんな分析の対象になることは今の今に至るまで一切想定していなかったし、今後の人生においてもそうそう想定するものではなさそうであるから、やはり解決策としてもっとも現実的なものを選ぶしかないのであろう。

 

受験化学はクソだという言説を見かけたことがある人はおそらく多いものと推察され、私自身そのご多分に漏れず見かけたことがある人間である。なにがクソでなにがクソでないのか、残念なことにかの主張を高らかに掲げる人間はその解決策までを提示することは滅多にないからなんとも言えぬのであるが、とにかく受験化学はクソであるという言説をそれほど見かけるまでに何やらクソと判定されうる要素が受験化学にはあるらしい。

 

暗記がクソという言説を見かけたことがあるが、これは暗記がクソであるという言説ではなく、暗記ではないのに暗記だというところにクソさ加減を見出していると解釈すればさぞかし自然な主張に思えてくる。しかしやはりこの主張の換言にも無理のある表現が含まれているのであって、すなわち暗記ではなく無闇な暗記、あるいは丸暗記とでも言い表すべきところはただの暗記という言葉で済ましてしまっているところに表現上の無茶があると指摘することが差し支えない範疇で許されている。

 

化学は暗記ではないという言説の妥当性は、暗記という言葉が果たして覚えるという一般的行為にとどまるものか、丸暗記といういささか負のニュアンスでもって自らを任じている単語の意味に近いものとして使われているかによって大きく左右されることであろう。何かを覚えなければ勉学などできるはずもなく、ここでいう覚えるとはあらゆる記憶に関する言説であるから否定しようがないのは火を見るくらい明らかである。

 

ただ丸暗記ではいけないという言説がどれほどの妥当性を有するかについてもやはり議論はし尽くされたとは到底言えない状況なのであって、すなわち、受験化学という土俵においては、丸暗記を回避するための手段が化学の論理の理解であって、おおよそ多くの受験生あるいは高校生にとって化学の理論の理解と丸暗記を天秤にかけて20秒ほど思案してみたときに、どちらがより容易な選択肢として立ち現れてくるかは、これは一概に答えを出すことのできない天秤の問題であるだろう。化学が好きな人にとっては前者の方がより楽しそうな、魅力的な、美味しそうな選択肢に思われるかもしれないことは容易に想像がつくが、なおそうであったとしても後者を選ぶ人がいるかもしれないことはここではあえて考えないことにして、化学が特段好きというわけではない人にとっては後者の方がよほど魅力的な選択肢に見えることはそれほど類推が難しくないともやはり思われる。なお私は後者の方がよほど容易に思われるが、これは私が化学を特段好きというわけではないということを示すものではないし、また同時に私が暗記を得意とする種族の人間であることを指し示すものでもないことはやはり自明の論理として成立していることには注意を要する。

 

ところで英単語とはほとんど丸暗記の世界と言っても差し支えないだろう。もちろん語源に頼ったり同じような成り立ちの単語をまとめて覚えたりなど、多少の技術により丸暗記程度を低減させることはできるであろうが、それも所詮小手先の技術に過ぎないし、何よりそうした手段を用いたところで丸暗記は丸暗記に変わりないのはおそらく受験を経験し英単語の暗記に苦労したことのある人間、つまりは全人類にとって共通の知見であろう。ところが奇妙なことにこの英単語暗記地獄に関しては、私の知る限り、つまり私の関わっているあらゆる情報伝達媒体*1においては受験化学ほど丸暗記の批判を受けていないように思われるのは、これは私の勘違いかもしれないので、もし私の勘違いであった場合は以下の議論は全くもって無意味な虚無と成り果ててしまうので分かってはいてもあえて指摘しないでいただけると非常に嬉しい。

 

英単語は丸暗記であるが、受験化学ほど批判を受けない。これはひとえに、英単語の丸暗記を回避する方法を我々が有していないから、批判していても結局何も前にすすまない(もっとも、受験化学であっても結局のところ批判だけでは何も進まないから大して話は変わらないのであるが)という事実が多少影響しているのではなかろうかと思われる。

 

ここまで話を引っ張っておけば多少の私の読者におかれましてはぜひお気づきになられてはいかがかなと私が上から目線で言いたいのは、つまり実際のところ英単語にも丸暗記回避の秘術が存在するのであって、この紙幅を割いて私が英単語暗記に苦しむ皆皆様方に伝授して差し上げようというのである。であるからしてお前らは俺にもう少し感謝しろ。

 

秘術とはすなわちネイティブスピーカーになることである。具体的に言えば、英語圏に生まれるか、幼い頃に英語圏に住んでいるかなどしておけば良かろう。そうすれば英単語の丸暗記どころか英文法の丸暗記からリスニング力からあらゆる英語の実力が向上してこの上なく幸せになれること請け合いだというのに、これを実行する人間の総数は奥津軽いまべつ駅の1日の乗降客数ほども多くないのはなぜであろうか。すなわち、この事実とその必要性に気づいた時にはすでに実行し得ない年齢に達し環境に存しているからであるのはこの私にもやや察しがつく。

 

すでに読者の一部から石か魚か何かが投げつけられているかもしれぬが、そんな人間に私が言いたいのは、こんなカスブログ読んでいる暇があったら鉄壁でもなんでもいいから英単語帳を開いて勉強をしろということであって、結局そうした地道な努力が英語力の向上に結びつくかもしれないし、結びつかないかもしれないことに関しては私は何か十分な証拠を持ってここで論ずるだけのデータを有していないからまた別の機会に譲る。

 

さて本稿もいよいよ佳境へと至った。私の言いたいことは以下である。結局のところ、受験化学はクソだという主張がそれなりに大手を振ってまかり通っているのは、受験化学を大学化学でもってそれなりに優位に進めようとする人間が一定数、それは英語のネイティブが存在するより多く(かどうかは知らないのだが、実際のところTwitterに偏りを持つ母集団でもって考えているから全く意味がないかもしれないのであるが)存在するという事実と表裏一体のものであって、所詮受験化学などクソであると断じる主張も、やはり所詮その程度のものでしかないと高を括っておれば良いのだ。丸暗記で点が取れるなら丸暗記をすれば良い。私はした。良い点が取れたかは知らない。丸暗記も嫌なら化学以外で点を取れば良かろう。さしてこだわる理由も見当たらない。化学に懸けるのであれば丸暗記をするなり大学化学に手を出すなりすれば良い。手段はいくらでもある。好きに選べば良い。自分の人生である。

 

 

関東鉄道事情

実際のところそれほど多くの車両に乗ったわけではない人間が何を語るのかという課題についてはそれこそまるまる1本の記事が書けてしまいそうなのでここでは省略する。あくまで私見に基づいた偏見であることをご承知されたい。

 

(1)大回りで房総半島に行った時の車両の単調さにはあまりに呆れ返りそうになったが、車端部にお情けのようなクロスシートが設置されていて非常に助かった。あれで良い。

 

(2)成東のような駅に、15両ほどもあろうかと思われる長大編成がやってくるのを見ると、現代美術に似た違和感を覚えるのは私だけではないのであろうと期待している。

 

(3)普通列車のグリーン席が、おおよそどこで見かけても利用率60〜70%、時にはもう少し高い値で運用されているのを見るのは、それに乗る人のお財布事情から驚嘆に値するというよりも、それに乗るほど疲れているのかもしれない首都圏の労働状況を見て自分の将来に驚嘆すると言った方が正確な気がする。

 

(4)高崎線で埼玉県の北部を走行している時の、微妙に覚える違和感はなんであろうかと空想していたが、どうも山の遠さよりむしろ住宅の連続が奇妙に思われるのかもしれないと思い至ってここ数日を過ごしている。

 

(5)山手線の一周が環状線の一周よりよほど長いのは知識として知ってはいるが、実際に乗車してみると東京から渋谷に向かうのにこれほど時間がかかるのかと流石に呆れている。中央線快速を使ってもさして時間に差異が出ないのはなんとも嫌なことである。

 

(6)京王電鉄はその運賃の安さが特筆すべきものであると私は勝手に思っている。駒場東大前から大宮まで行くのに、渋谷に出てからJRを使うより明大前経由で新宿まで京王を使ってからJRに乗り換えた方が安くなる事実を知った時には驚きのあまり乗換検索をもう一度してしまった。

 

(7)ただ京王にも欠点がある。急行をさっさと駒場東大前の駅に止めるべきだ。おかげで駒場東大前は8分おきの微妙なダイヤに成り下がってしまい、おそらく多くの東大生が渋谷か駒場東大前で足止めを喰らい、そのおかげでいくばくかの経済的損失が日本に与えられていることも想像に難くない。国益に反するのだ。

 

冷凍うどん考 同時上映:番翁のひとり暮らし愚痴

冷凍うどん考

 

夜中の12時をすぎているというのに、番翁はScatmanを聴きながらキーボードをそれなりの速度で叩いている。最近あまりにブログを書かないことは、自分でもそれなりに罪悪感を覚えないではない。何か物事を考えられる余裕がなくなったのかもしれないが、あるいは単なる怠惰かもしれないので、少し前に思いついたこと。

 

冷凍うどんという食品はスーパーマーケットなどで容易に入手可能な類のものである。容易にというのは、ただ接近可能性が容易なだけではなく、経済的取得可能性に関しても同様の議論が適用されるものと思われる。簡潔に言えば安いということであり、安いとただキーボードを5回叩けばいいところをわざわざ長文にするのに特に意味はない。

 

安いだけで物事が成立すると思ったら大間違いである。安いものには裏があり、メビウスの輪もじゅうぶん遠い距離から見れば裏が存在する。数学者のいうことに騙されてはいけないのと同様、目先の価格に騙されてはいけない。購入し、パッケージの裏に何やら絵付きで解説されていた食べ方の項目を見るとそうでもないと言えるかもしれないが、それによると、皿に入れてレンジでチンして適切な出汁を投入するだけで料理が完成するという。楽には違いない。

 

まだ課題は残されている。味はどうだ、どうだと思ったが、しかしうどんの味を最終的に決定するのは、無論コシなる奇異な概念を除けば、ひとえにこちらの用意する出汁であって、つまり味が悪いからといってそっくり其の儘渦中の冷凍うどん氏に責任をなすりつけることはできない。とりあえず冷凍うどんをチンし、まだあったかいまま冷蔵庫から取り出してきたかつを出汁を特に考慮せずかける。流石に見栄えが素うどんそのままなので幾分腹が立ち、焼いたソーセージを2本添えて愛嬌とする。サラダは先ほど買ってきた。これで夜ご飯は完成された。完成された夜ご飯に文句はつけられない。素うどんと馬鹿にするなかれ私は満足しているからこれで良い。愛嬌氏もなるほど良い味だった。

 

 

 

番翁のひとり暮らし愚痴

 

風呂場の乾燥機能の働きがあまりよろしくない。よろしくないが外に乾かすに適した場所も、これもよろしくない私の目を以てしては発見に至らず、無念の撤退とともにやや水分の残ったままの洋服たちの処遇を考えあぐねている。

 

本棚を置くスペースもなく、ラックで以てこれに代用する。ただ依然空間は残されていないから密を形成して並べてあるがすぐに落ちそうで恐ろしい。地震のこないことを祈るばかり。

 

換気扇の音が大きい。これはあまりに大きいので不動産屋にも確認を取ったところ、同マンションの他室ではここまで大きくないとのことが判明し、業者にも来てもらったが処置なしとのことだった。五月蝿いまま暮らせとのお達しであるから、中々に辟易しつつどう付き合っていくべきかとこれまた考えあぐねている真っ只中である。

 

炊飯器を設置するにふさわしい場所が存しない。今の所炊飯はただの一度しか行われていないが、その時は勉強・食事などに供する雑用机に設置してなんとか耐えるように仕向けた。無論毎回机に置くわけにもいかないが、台所水回りに十分なスペースがやはりあり得ないので、如何ともし難い現状を歯を食いしばりながら耐えている。

 

 

 

 

 

脱畿内・入東国

これはもう完全に私の気分として、文章を書くことからしばらく遠ざかっていた。先の「クソ受験体験記」にしたって、最初の頃はまだやる気にも満ち溢れていてそれなりのスピードでキーボードを叩いていたわけだが、正直半分を過ぎたくらいで完全にやる気を喪失し、もはや書き終えるためだけに書いていたから健全ではない。おそらく、同級生の間でブログを書き始める嚆矢となったのは私であるのに、私が真っ先に飽きてしまったのは当然かもしれないし、当然でないかもしれない。

 

とにかく、あまりにも文章を書かなかったのもどこかでよくないと感じ始めていたし、何よりもうすぐ畿内を脱出することになるからネタとしてもちょうどいい、そろそろ何か書こうということで久しぶりにはてなにログインし、慣れない仕様に戸惑いながら紆余曲折あってブログの記事を書くボタンをクリックし、この画面を立ち上げたのは5分ほど前のことである。

 

畿内に住んで18年とnヶ月になる。長いか、短いかは、あまりよくわからないが、とにかく生まれてこのかたずっと住んでいたから、当然喋る言葉は関西弁だし、ノリも関西のものを身に浸透させてきたように思われるかもしれない。これは、そうかもしれないが、そうでないかもしれない。少なくとも言語に関してはかなり怪しい部分もあるというのが近年の私の見解に近いように思われる。

 

関西弁を喋りはするが、アクセントが全て関西弁に近いわけではない。時々標準語に近いアクセントが口をついて出てくる。これは関東出身の同級生の影響かとも考えたが、むしろ彼らは関西弁に影響されていることが多いのを考えると、彼らとは全く独立に標準語アクセントを獲得したと考えてもそれほど無理のない推論ではないかと思う。なお両親は関西弁話者であり、標準語を話すわけではない。

 

別に標準語を話したって、それほどの問題があるかと言われればそんなこともないのだが、そんなこともないと話が続かないからあえて問題があることにして論を進める。ただ、関西弁話者に混じって標準語アクセントを口にすると、なんとなく浮いている気がするというのは実際的な話であるから、ここにその問題とやらを見出しても差し支えない可能性はある。

 

とはいえ、すべての単語に対し標準語アクセントが表出するかと言われれば、そんなこともなくて、「なんで」に対してよく標準語アクセント、つまり「なん↑で」ではなく「な↑んで」と発音してしまうというのが通例である。薄々原因はわかっていて、どうも吃音がちの私にとっては、文頭の「な」ほど発音しづらいものはない。「なんで」の前に詰まってしまうから、自然「な」にアクセントが置かれた形になってしまうのだろう。とすればこれは標準語云々の問題ではないから、やはり問題はないことになってしまう。それでいいのだと言われれば、納得してしまうので、ここは納得しておいて次の話題に入る。

 

いま関西弁/標準語問題がもはや存在しない虚構の概念であったことが発覚し、このブログ記事の存在意義も同様に虚構性が問われる危機的段階へとそのフェーズを新たにしつつある。ところが、畿内を脱し東国に入るという行為は、ただいち人間の居所を変化させるという行為に留まるものではないのは、以下の説明によって容易に、即座に明らかにされるべきものであろう。

 

神戸という街には、非常に近傍に山がある大都市という、多くは他に例を見ない特殊な性質が備わっており、しかも、大阪という街でさえ、見渡せば遠くに山が見えるという、あるいはこの列島においては普遍的な性質を持っている。ところが、恐ろしいことに、東京という街は、見渡せど、見渡せど、ただ空が広がり、ビルが広がり、街が広がり、眼前に迫り来る山というものが、ない。これは、東京に住む人からすれば些細なことに思われるかもしれないが、少なくとも、6年間を神戸の学校で過ごした身からすれば、巨大に影響力を持った事実に他ならない。

 

簡単な話をすると、落ち着かない。街を歩いていてもなんとなくふわふわしていて、木を見ても、林を見ても、あるいは森を見ても、山がないので、安定がない。生きた心地がしない、というと流石に言いすぎの感も覚えないではないが、とにかく、落ち着かない。

 

しかし対処法がさっぱりわからない。山はそんなに簡単に作れないということは流石の僕にでもわかる。借景……?無理があるだろう。山に行くのも、かといって楽な行為ではない。毎日奥多摩に行ける財力があればもっと他のことをして人生を安定させているはずだ。

 

どうしたものか。同様の問題に直面したであろう先輩方はどのように対処してきたのだろうか。あるいは対処せずに、どう過ごしてきたのだろうか。謎は深まるばかりで、それから僕の眠気も深まるばかりで、そろそろ考えることを放棄したい時間帯になってきた。明日からでも間に合うかもしれない。もし間に合うなら、明日あれこれ考えることにしよう、そしてそういう結論に至ったのなら、せっせと駒場キャンパスの片隅でシャベル片手に何か土やらを掘り返している僕の姿が、見られるかもしれない。

 

クソ受験体験記

世間には、合格体験記という文章カテゴリがある。そのカテゴリは、「良質な合格体験記」と「良質でない合格体験記」に二分されることが知られており、そして概ね前者が全体の10%弱を占めることも私にはよく知られている。

 

良質な合格体験記とは何かという問題を考えてみると、これはなかなか恐ろしい問題で、迂闊なことを言うと多方面から叩かれる可能性があるからおとなしくしておくのが一番なのだが、しかし、そもそも合格体験記は、それがまとめて塾や予備校、また学校で配布されることを考慮すれば、後輩をはじめとする後の受験生を読者に想定したものとみておおよそ正しいと思われる、ということに関してはおそらく多数の同意を得られるであろう。つまり、合格体験記は受験生を第一に想定する読者として書かれたものであると言える。

 

となると、自然、今度は受験生が何を求めているのかという問題に至るのだが、受験生の目標が合格である以上、受験生にとって重要な情報は合格のための情報であり、合格のための情報は受験に関する事実とその事実に対する価値判断の両方を併せ持ったものである必要があるから、合格体験記には単なる事実の羅列以上の記述が求められているのだと主張したとしても、おそらく多数の同意あるいはこの文章が長いことに起因する多数の無視をいただけるのではないかと思う。そして、なにより自己の遍歴の自慢などは求められていないということがここで最も頑強に主張したいことであって、そしてそれは、自慢をしたところで受験生はそれを活かしようがないからであり、さらに言えば、もしそのような自慢が求められているとしたら、それは合格体験記としてではなく、あくまで単なる読み物としてであるということも、その頑強に主張したいことのひとつに加えても差し支えない。そのような自慢のみで構成された文章がもしあったとしたら、実際そんな文章にお目にかかったことがあるかと言われればほぼない、ほぼということは逆に言えばあるといえばあるのだが、ともかくそんな文章は、端的に言って、合格体験記である必然性がない。結局のところ、合格体験記に差し挟まれたそのような箇所は全くの無意味であるからページごと切り取って丁重にゴミ箱送りにすることにさえしたいと思うものの、極めて実際的な課題として手間と労苦がそれを許さないから、仕方ないので歯を食いしばって我慢し放置してあるというのが不幸な実情だ。

 

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神社仏閣参拝 京都編(3月6日分)

何日も連続である程度まとまった量の文章を書くとだんだん疲労してくるので、ここ2,3日くらいは指を休ませていた。とはいえそうばかりもしていられないので、爆速でブログを書くことにする。爆速なのは誇張ではない、今このブログの文章のこの部分を書いているキーボードの指は時速約300kmで動いているわけだから、爆速といってもあまり過言ではないように思われる。ちなみに筆者は今新幹線に乗っている。

 

3月6日の話である。朝6時30分に目が覚め、さあ京都に行くぞと思ったら想像以上に眠気が強く、京都に行く気力が全く立ち現れてこないまま二度寝を敢行した。二度寝はいいものだが、あまり寝すぎると今度は遊ぶ時間が減ってしまうから、多大なる気力でもって二度寝を2時間で切り上げ、ベッドから這い出てなんとか支度をして家を出る。この時点でどこに行くかがはっきり決まっていなかったため、まぁ別にそれでもいいかと思いながらスマホでバスの時刻を調べるとちょうどいい感じの乗り継ぎができそうなことが判明したので阪急東向日駅で降りた。行先は大原野神社である。

 

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急 東向日駅 

 

東向日駅のバス停にはご老人しかいなかった。若者は私だけで非常に浮いていたが、しかしそれにしても若者がこうも少ないのはなぜだろうと思いつつ、バスに乗って狭い住宅街の中を巣進むこと20分で最寄りのバス停に着く。さらに5分ほど歩くと大原野神社に至る。

 

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大原野神社

 

大原野神社春日大社の勧請であり、藤原氏氏神でもある。そういうわけでここのシンボルは鹿であり、実際昔は境内で鹿を飼っていたらしいく、神鹿苑碑なる石碑と説明書きにそういう内容が書かれてあった。今はもう生きている鹿はいなかった、ここが奈良と京都の差であろう。

 

拝殿の前の狛犬があるべきポジションに鹿、まぁ狛鹿とでもいうのだろうか、がいた。角の有無が阿吽のようなものなのだろう。そういえば向かって右側の鹿は何かを咥えていたが何を咥えていたかはよくわからない。

 

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狛鹿A

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狛鹿B

 

お参りを終えて、社務所御朱印をいただこうと思ったら木製の鹿のおみくじがあったのでせっかくなので引くことにした。番翁は動物おみくじを集めている。結果は1番・大吉であった。これを強運と見るかツキが来ているとみるかは、どちらでもよいのだが、実際のところケースのいちばん右上にあった鹿を選び取っただけなのだ。要はテクニックである。

 

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きゃわわ!

 

さて神社を後にしてバス停に戻る。東向日駅行きのバスと、その10分後くらいに桂駅に向かうバスがあったので、あえて桂駅に向かうバスを選択した。この時点で行先は決まっていなかったのだが、バス停で待っている間に無性にケンタッキーが食べたくなり、どこに店舗があるかと思って調べてみるとほんとうに不便な場所にしかない。ただ指をくわえて待っていてもケンタッキーの店舗はこちらに歩いてこないから、諦めて大覚寺のほうに行くことにし、一番近いように見えた嵯峨野のケンタッキーに向かうことにした。

 

ややあってバスが到着し、乗り込み、すぐに着くかと思ったら道は混んでいるし乗り降りが激しいし、結局30分くらいかかってしまった。これなら東向日駅行きのバスを選んでいたほうがはるかに正しい選択だったといえる。しかし失われた時間は帰ってこないので、事前に調べておくべきだったとかなり反省しながら、ちなみにこの時点で乗るべき列車の発車が1分後に迫っていたのでバス停から改札までダッシュし、改札を通ってホームに急いだところ何とか間に合った。心臓に悪い。

 

西院で嵐電に乗り換え、嵐電西院駅の読み方が「さい」であることに驚き、来た車両に乗って、嵐電の乗降の方法にひとしきり戸惑ったところで太秦広隆寺の駅に着いたので降りる。同じタイミングで降りたご年配の方々も何人かいらっしゃって、やはりというかなんというか私を含めた全員が広隆寺に入っていった。お目当ては半跏思惟像であろう。拝観受付を済ませて宝物館に入る。なるほど立派な宝物館で、すでに大量の仏像がいらっしゃるから端っこからひとつひとつ丁寧に眺めていた。正面に至って、噂に聞こえたあの半跏思惟像がいらっしゃる。美しかったので5分ほど正座して眺めていた。なお写真撮影はもちろんのこと写生すら禁止されているから皆さまは是非お手元の文明の利器で調べられたい。

 

さて広隆寺を後にし、この時点で著しく空腹であったからさっさとケンタッキーを目指して歩く。数分かそこらで店にたどり着き、店の前のバス停を調べるとどうやらここから直接大覚寺に行くバスが20分おきにあるようで心底ほっとしていると、次乗れそうなバスが40分もしないうちに来るというから急いで店内に入り、人の多く並んでいることにうろたえ、とにかくその列の最後尾に加わり、思ったより多くの人がテイクアウトだったということもあってか、あるいはないのかはよくわからないがとにかく自分の番がすぐに回ってきたので適当に注文して座席で待っていると商品が運ばれてきた。

 

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美国的健康優良昼食画像(骨多故食事難、疲弊)

 

さてなかなか食べづらいチキンを食べ終え、メープルシロップをかけたビスケットを食べ終えたところでいい感じの時間帯になったので店を出てバスに乗る。バスに乗ること数分、終点の大覚寺に到着し、再びバス停を確認して嵐山方面行のバスの出発時刻を見るとなんと20分しかない。仕方ないから急いで境内に入り、受付を済ませ。ついでに御朱印帳を預け、横の売店で膝丸のクリアファイルを2つほど買っておいた。旅先でクリアファイルを買いがちなのは、それがいくらあってもまだ足りないと思えるからなのだろう。境内もゆっくり眺めている時間はないから、やや早足で巡る。巡り始めてから、ここは20分で巡り切れる場所ではないと気づいたが、一度急いでしまったものはしょうがないので巡り切った。機会があればまた訪れなければならない。

 

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よい

 

拝観し終え、バス停に急ぐとぎりぎりでバスに間に合った。しばらく乗っていると渡月橋のバス停にたどり着いたから、ここで下車して、やや時間があったので竹林を見て帰ることにして少し歩く。外国人観光客こそいないものの日本人観光客はほかのどの観光地よりも多く、多いのだが、人力車の車夫さんがたは私にではなくカップルの旅行客にのみ声をかけていたのには腹が立つを通り越してふがいなさのあまり涙が出てきた。そもそも男子高校生1人で来ているのは私だけみたいなものだから浮いているのだが、人目を気にして一人旅はできないのでここまでやってきたともいえるので、とにかく歩みを進め、竹林の人の多いのに嘆息し、写真も撮らずに歩いて抜けた。無性に悲しかった。竹林から少し歩くともう誰もいなくなって、大堰川沿いに渡月橋方面までひとり静かに歩く。だんだん人の数が増えてきて、ついに道路の左手におしゃれなコーヒー屋と群がる人間を視認したあたりでいつもの嵐山に戻ってきた。あとは阪急嵐山の駅に向かうだけで、しばらくここにはもどってこないのだろうなどと考えながらやたら高いチャーシュー麺を眺めていた。

神社仏閣参拝 大和編

昨日の旅行記は常体で書いたわけだが、どうもそちらの方が描きやすく、さらに常体の方が好きだという意見もいただいたので常体で書き進めていくことにする。どうしてもやめてくれという方は泣き寝入りしていただくか、私にDMでもなんでも送られたい。

 

さて今日は奈良に行った。朝6時に起床し、実際のところは6時になぜか目が覚めていたわけなのだが、これはどのようにして目が覚めたのか今だに判然とせず恐ろしく思っている。現実的な落とし所としてはかけておいた目覚ましのおかげだとも言えるのであろうが、しかし目覚ましを止めた記憶が一切ないからこれもよくわからない。とにかく6時に起きて、6時25分に家を出たことははっきりとした事実である。

 

なんやかんやあって、大阪阿部野橋駅にやってきた。ここから急行で飛鳥へと向かう。途中橿原神宮前で同行の某と合流し、飛鳥駅で下車する。2018/12/31以来の下車となったわけだが、キトラ古墳の方に向かった前回と違って今回は岡寺へと向かう。

 

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飛鳥駅。朱鳥元年(686年)開業

 

ちなみに近鉄岡寺駅から岡寺までは3km以上あるし、坂も多いのであまり最寄駅という感じはしない、ではなぜ岡寺駅と名付けたのかはよく分からないのだが、とにかく飛鳥駅から歩いても大した差はないので歩く。歩き続けると途中に明日香村役場があった。大通りでもない少し入ったところにあるのは少し驚いたが、驚いていても仕方がないので足を進める。

 

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明日香村役場。持統4年(690年)開庁

 

しばらく歩くと坂道に行き当たり、そこをしばらく登ると岡寺にたどり着く。

 

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西国三十三所 七番札所 岡寺

 

境内を散策し、御朱印をいただき、弘法大師の像を見て、お寺における弘法大師の出現率の高さと山岳寺院における役小角の出現率の高さについて議論し、もはや弘法大師が来たくらいでは箔もつかないなどとバカみたいなことを言い合いながら山を降りて北に向かう。途中水落遺跡などを横目に見ながら、実は私はこの遺跡にややトラウマがあるのだが、そんなことはどうでもよくて、とにかく歩いて飛鳥寺にたどり着く。そういえばここはブラタモリタモリが来ていたなぁと思いながら境内に入り、せっかくここまで来たので飛鳥大仏を拝観することにした。

 

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飛鳥寺。創建当初はもっとデカかったが今はかなりこぢんまり

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ここは自粛期間中に流行る前からずっとやってる

 

中に入ると職員(?)の方が丁寧に解説をしてくださった。ありがたい限りである。写真撮影も可能だそうで、写真を。

 

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飛鳥時代の作であるが、火事などにより当時のそのままの部分は少ないと言われてきた。近年の研究ではそんなこともないらしい

 

大仏のある部屋から隣に展示室があって、そちらに移動すると発掘された瓦などが見れて非常に面白いのだが、足元の冷たい床が著しく足にダメージを与えてくるから長居ができずそそくさと退散してしまった。御朱印をいただいて西側に抜けると門の向こうに見覚えのあるアレが見えてくる。

 

 

正解は以下の通り。

 

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蘇我入鹿首塚。首は大体1km飛行してこの地に堕ちたらしい

 

上の首塚の写真の奥に見えるのが甘樫丘である、その頂上というほど頂上でもないが一番高いところで、木が若干ハゲているところに展望台があるので次はここを目指した。そこまで高い山、というか丘でもないので階段を数十段だか数百段を登るだけで良い。ちなみに道中にはマムシ注意の看板が立っていたが、もしここでマムシに出くわしたらどうすればよかったのだろうか、いまだによくわからないがおそらく助からない気がする。幸いにしてマムシとはエンカウントしなかったので今こうして生きながらえてこの文章を書くことができている。ちなみに頂上は少しばかり見晴らしが良かった。

 

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甘樫丘から北西方向を望む。左手に見えるのは畝傍山。麓に神武天皇陵と橿原神宮がある(伏線)

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南東方向を望む。左下にちいさく首塚が写っているが認識しづらいか

 

さて丘を後にして、この時点で従来の計画を変更して橿原神宮の方向へ向かうことにした。飛鳥川沿いに歩いて、途中で西に向きを変えて畝傍山の北の端っこあたりに出てきた。ここには神武天皇陵があったので、せっかくということで軽く立ち寄った。ちなみに番翁は2度目である。流石にお墓ということになっているので写真撮影はしない。その御陵を後にして、南に数百メートル下ると橿原神宮がある。

 

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橿原神宮

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橿原神宮

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橿原神宮

 

参拝し、御朱印を同行者がもらい(私はすでに頂いていた)、帰ろうとしたところで三枚目の写真の右端に写っている「紀元二千六百八十一年」の文字を見てあーとなった。なんのことやら意味がわからない人はそのままで良いだろう。余談であるが、鳥居が新しくなっている気がした。以下は比較である。

 

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2021/03/04

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2018/01/27

 

今見返してみれば確かに色が違う。創建130年に際して造り替えたのだろうか。

 

橿原神宮を出た時点で空腹がそれはそれは大変なことになっていたので、とりあえず近くのラーメン屋を検索して、これはいささか安直だという批判を受けてしまう恐れがあるが、実際のところ男子高校生2人(別に男子に限った話ではないが)が集まるとラーメン屋を選択するほど安全な行為もないわけで、安直だろうが安全なのでその選択肢をとるわけだが、とにかくいい店が見つかったので向かう。橿原神宮前駅西口にある麺屋いちびりという店に入り、つけ麺を食そうとしたところ同行者が人生初つけ麺というのでへぇ珍しいこともあったもんだなどと考えながらつけ麺を食べた。

 

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もう少しつけダレがどろっとしてたら完璧に好みだったのだが、十分美味しい

 

さて腹が膨れたところで北を目指す。近鉄に揺られて、と思ってまず揺られるために駅に向かい、特急は特急料金かかるということで、それ以外で速そうな急行に乗り込んだら誰も乗り込んでこないので不思議に思っているとどうやら向かいに止まっている各駅停車の方が早いらしい。騙された。

 

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速そうだが、早くない

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西ノ京駅から歩いて2分くらいで世界遺産薬師寺に到着する。拝観料を払おうと受付に行ったら料金が2種類あるらしく、700円と1200円で、後者は追加で2箇所ほど拝観できるらしいのだが、正直1200円はかなり財布に響く(実際のところ、拝観料に加えて御朱印のために300円から、場合によっては500円が消費されるのである)から700円を選ぼうとするのだが、スタッフの方の押しの強きことなんの如しだろうよくわかんないけど、とにかく押しが強いのでたじろぎながらなんとか鋼の意思でもって700円を選択する。

 

ところで御朱印をもらおうとしたらこんな看板を見つけた。

 

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Award Office(迫真)

 

薬師如来像を拝み、やっぱアレすげーなという話になった後でもっとすげーアレを発見した。

 

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凍れる音楽

 

これが実は六重塔ではないという事実を知りながらその蘊蓄を語らない人間はいないであろうと思われるのだが、幸い今回は同行者もその事実を知っているので今更蘊蓄を語るまでもない。ちなみに凍れる音楽かどうかはよくわからなかった。美しいことは美しいのだろうけど。

 

薬師寺を後にしてさらに北へと歩くと、しばらくして唐招提寺が出現する。

 

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世界遺産。壁に落書きが多く、中には「H6」や「1979」とあるものも

 

御朱印帳を預けて拝観。国宝の千手観音像があり、説明書きによれば手は953本あるらしいのだが、これはもともと1000本あったと想定されるようだ。よく数えたな、と思ったらあとで解体修理の為に全部バラして展開しておいてある画像があった。撮影禁止エリアだったので撮影は叶わなかったがなかなか壮観であった。ちなみに撮影禁止エリアには「インドに井戸を」プロジェクトの話があり、やや韻を意識したと思われかねないこともないタイトルをカメラに収められなかったのが残念でならない。

 

御朱印帳を回収して帰還する。尼ヶ辻駅まで少し歩く。あとは近鉄に乗って鶴橋に行って、なんやかんやあって帰着。

 

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帰り

 

 

左が昨日の東山。右が今日。疲れた疲れた。